男性の性(22)
昔は、高貴な家に生まれた子供は跡継ぎを早く確保するため早婚が一般的でしたが、日本の江戸時代の大奥のような性技指導システムがないところでは、男側がまだ性に目覚めていない時期の早婚が、重大問題に発展することも珍しくありませんでした。 フランス革命で処刑された悲劇の王妃マリー・アントワネットとその夫(ルイ16世)は、14歳と15歳で結婚していますが、結婚後11年間子供が生まれませんでした。
原因としては二人の趣味性格の不一致・不仲説が一般的ですが、実は結婚当初、ルイ16世は性的なことに全く興味を示さず(性に目覚めていなかった?)、狩猟や当時の精密機械である錠前づくりに熱中して、妻のマリー・アントワネットを放任していたそうです。
夫に相手にされないアントワネットは舞踏会や賭博に興じ高価な衣装や装飾品に莫大な浪費を重ねたり、お気に入りの男達を宮廷内で寵愛したため、民衆からの人気は凋落するばかりでした。 その後、やや遅れたとはいえルイ16世もちゃんと性に目覚めたようですが、包茎(おそらく真性)だったせいで、気恥ずかしさからもう存分に女としての魅力を振りまくアントワネットに接することが出来なかった、というのが11年間子供が出来なかった真相のようです。 包茎手術の歴史は古く、ユダヤ教徒の割礼や古代エジプトのパピルスにも当時の手術の模様が描かれています。
当然、ルイ16世の時代でも包茎は外科手術によって治るものでしたが、恐怖心から手術を受けることをためらい国を揺るがす事態にまで発展してしまったのでした。 その後、見るに見かねたアントワネットの兄がオーストリアからフランスを訪れ、手術を受けるようルイ16世を説得し、ルイ16世も手術を受け入れたので、普通の夫婦生活が得られ4人の子供に恵まれましたが、その頃にはフランス革命のまっただ中。
二人はロベスピエールによりギロチン台の夜露と消えてしまったのでした。
4人の子供のうち3人は早死にし、残された一人の王女はオーストリアに逃れました。
歴史の運命は皮肉なものです。(つづく)