慢性疼痛(とうつう)について
「痛み」と言うと、どなたでも例えば、歯が痛んでつらい思いをしたというようなことがあると思いますが、それは一時的なものであり、治療を受ければ治るということが分かっているので、あまり問題になることはありません。
しかし、もしもその痛みが延々と果てしなく続くとしたら、その苦痛は耐えがたいものになるでしょう。
効果的であるはずの治療を受けているのにもかかわらず続く、あるいは原因が分からず、延々と続く、そのような痛みは「慢性疼痛」と呼ばれています。
このような痛みのひとつの例として「幻肢(げんし)痛」があります。
これは、例えば、切断されて無くなってしまったはずの腕が痛むというものです。
何らかの原因で腕に痛みが生じた場合、腕の切断によって痛みの原因が無くなったはずなのに、「同じように腕が痛む」ことがあります。一度体験した痛みが、その原因が無くなっても同じように起こることがあるわけです。
慢性の痛みには、現在の痛みの他に、過去の痛み、未来の痛みも関係していることが特徴的です。
現在痛むということだけではなく、ずっと前から同じように痛み続けてきたという記憶、これからもずっと同じように痛み続けるであろうという恐れや不安が苦悩を深めます(過去の痛み、未来の痛みも体験しているともいえます)。
神経科が慢性疼痛にかかわるのは、慢性の痛みが主な症状である神経科の病気が存在するということ、慢性疼痛には「うつ」が伴いやすいということ、適切な治療を受けているにもかかわらず痛みが続く場合、その中には神経科的な治療が効果的な場合があることなどの理由によります。
薬物治療では、うつの治療薬や精神安定剤が効果的な場合があります。
薬物療法以外には、リラクゼーション、認知行動療法なども行われます。
その名が示す通り難治性である場合が多いわけですが、あきらめずに、根気良く治療を続ける必要があります。
トラウマ(心的外傷)について
精神的に大きなショックを受けた場合、時間が過ぎてもその影響が残ることがあります。そういうショックのことを「トラウマ(心的な外傷)」と言います。ショックによって様々な身体的、精神的な問題が引き起こされるということです。
比較的単純で分かりやすいのは地震などの災害や事故にあった時、犯罪の被害者など、命にかかわるような体験をした場合です。その後に不眠、悪夢、イライラなどが生じたり、急にその時の様子が生き生きと思い出されたりすることがあります。
しかし、家庭内暴力など嫌な体験、ショックが長い期間にわたってくり返されると、上に述べた症状だけではなくて、もっと多くの症状が現れ、それが長く続くことになります。あまりにも以前の状態と変わってしまうので、「身体の状態も心の状態も(自分というそのものが)、以前とはすっかり違ってしまった」というような体験になることがあります。多くのものが失われてしまったと感じられる場合もあります。
さらに、身体的暴力、性的な虐待のほか、情緒的な虐待、不適切な養育(最近は虐待を少し広く考える傾向にあります)などによるショックが幼い頃にくり返し体験される場合、その将来に大きな影響を残すことになります。子供の発育に影響し、人格形成そのものに対しても障害になります。さらには、多くの精神、神経科的な問題の発生にも関与します。様々な身体的不調、抑うつ、不安、恐怖、自傷、自殺、不眠、過食、対人関係の問題、薬物依存、アルコール依存、さらには精神病状態(周囲の状況が良くわからないというような状態や妄想などです)にも関係する可能性があります。将来的にこのような様々な問題が生じる可能性があるということです。
このような場合には、薬物療法や一般的な精神療法のほかに、特殊な治療が必要とされることがあります。
多重人格障害について
ある人が突然別の人としてふるまい、もとにもどった時にそのことを覚えていないならば、その人は多重人格と呼ばれます。(もちろん、酒乱の場合や統合失調症などの場合にはこう呼ばれません)。この場合の「別の人」のことを交代人格と言いますが、大体5人程度が普通です(数十人とか、百人というような報告もありますが、疑問です)。多重人格になる人は、小さいころにたいへんつらい思いをしていることが多いと言われています。
経過、予後を考える場合、ごくかんたんに言うと、二つのタイプがあると考えるのが分かりやすいようです。一つは小さいころのつらい思いの記憶やイメージが知らないうちにその人を苦しめ、成長のじゃまをしている場合です。この場合にはむしろ交代人格と積極的なコミュニケーションをとる治療法がとられます。そこを乗り越えることで再び成長が始まり、社会適応も良くなるというわけです。
もう一つは、今までそなわっていたように見える能力が失われてしまっている場合です。基本的な日常の生活リズムさえも保てなくなってしまうことがあります。また、実現できそうにない願いを交代人格が満たそうとするような場合もあります。このような場合には、急がずに、長期の治療に取組むことが必要になります。
薬物療法としては精神安定剤、抗うつ剤、気分安定薬などさまざまな物が使われますが、残念なことに特効薬はなく、どちらかというと補助的な役割になります。
どちらのタイプにおいてもご家族や友人などのしっかりした支援が必要とされます。
支援とはいっても、ただじっとそばにいてあげる、見守るということもありますし、場合によっては見方や考え方を変えなければいけなくなったりすることもあって、なかなか大変なわけですが、このような支援があって初めて治療の効果が期待できるように思います。
心身症について
心理的なストレスのために病気が良くなりにくい場合、その病気は「心身症」と呼ばれることがあります。
「心身症」には多くのものがありますが、例えば「過敏性腸症候群」ではストレスによって腸管の運動のバランスがくずれて便秘や下痢などが起り、それが繰り返されます。また、「痛み」の場合ですが、十分な治療を受けているのにもかかわらず同様に痛む、原因となる病気の程度を超えた強さの痛みがある、という様なことが起ります。
つまり、病気がなかなか良くならない、良くなったり悪くなったりする、良くなったように感じられない、など様々なことが起こるというわけです。
さらに、体の感覚をその人がどんなふうに受け止めるかということも治りやすいか治りにくいかということに影響を与えます。
例えば、原因不明の微熱が続く場合があるのですが、微熱があるということで「とても体がだるく、具合が悪い」と言う人もいますし、一方、「熱があってもがんばれるものだ。できることはするようにしている」というふうに体の感覚に立ち向かっていける人もいるわけです。このような人は、ただ心がまえができているというだけではなくて、体の感覚を変えることができているという可能性もあります。
そのようなことから、ストレスを軽くするということとは別に、どういうふうに体の感覚というものを変えていくか(弱くする、強くする、あるいは感覚の性質を変える)、どんな心がまえが必要か、という様なことも治療する上で大切なことなのです。このようなことにも目を向けているということが神経科の特徴のひとつかもしれません。
「からだ具合が悪い」ということなので様々な診療科で治療を受けることになるわけですが、以上のようなことから神経科がお役に立てる場合もあります。もちろん身体的な治療は大切なので、「心身症外来」では他の科との連携も大切になってきております。
『不安、抑うつ』について
不安、抑うつは本来生体にそなわっていて、危険を察知してそれにそなえるための信号としての役割や、もっと悪い事態にならないように防ぐ安全弁(あんぜんべん)の様な役割を果たしているものです。ですから、不安や抑うつを感じるということは、もともとある意味では必要なことなのです。
しかし、その信号がやたらに発信されたり、強すぎたり、持続したり、あるいは安全弁が閉じなくなったりすると事情は変わってきます。そういう時に不安、抑うつが「症状」と呼ばれることになります。
このように不安、抑うつは最も一般的な症状の一つであり、広く見られる症状です。しかし、もともとの病気やその人それぞれの生活環境、ストレス状況、行動パターン、性格など、様々なものの影響を受けるので、その現れ方や性質は多様であると言えます。治療としてはもともとの病気に対する(うつ病など)、あるいは対症的な薬物療法と心理療法があります。
また、症状としての不安、抑うつの性質の一つとして次のようなこともあります。不安、抑うつが一つの体験として記憶され、あとからその記憶が「ひとりでに思い出される」ということが起こりえます。さらには、気が付かないうちに自分で不安、抑うつを「思い出しやすくしている」ということもありえるのです(これは「気のせい」とか、「気にしすぎる」ということとは違います)。このことが治りにくさの原因の一つとなることがあります(「慢性化」と呼ばれたりします)。そのような事情から、治療に際して、自分である程度のコントロールをこころみるということが必要とされる場合があります。ある程度自己コントロールができるようにお手伝いするということが治療の目標の一つになっているのです。
不安、抑うつがあまりにも強かったり、長く続くというような場合は、一度受診されることをお勧めします。
自律神経失調症について
身体的な病気が無いのにもかかわらず様々な症状が出現する場合、「自律神経失調症」と言われることがあります。「自律神経失調症」というのは本来正式な病名ではないのですが、自律神経の機能が働き過ぎたり働きが悪かったりでバランスが崩れている、機能的に失調している状態という意味で習慣的に使われています。
基礎となる身体的疾患が無いということは、全く異常が無いとか、気のせいだとかということではありません。これからは次第にそのような症状の発現に関与する病態が明らかになってくるでしょう。
身体的な症状としては頭重感(ずじゅうかん)、めまい、口渇、身体の冷え及び火照り、痛み、動悸、立ちくらみ、息切れ、はき気、心窩部(しんかぶ)の不快感、ふらつき、発汗の異常(過多、冷や汗など)、肩凝り、倦怠感、その他実に様々なものがあります。身体の一部が冷たくて他の部分が熱い、異物感、何か動くような感じがする、といった奇妙な症状が見られることもあります。不安感、注意集中困難、意欲低下、憂うつ感、記憶力低下などが見られることもありますが、これらが目立つ時に は神経症やうつ病などの疾患を考える必要があります。
脈波検査、サーモグラフィ、心電図、などの自律神経機能検査で異常が見られる場合もありますし、それでも異常が見られない場合もあります。
このような状態に対しては、一般的に精神安定剤(抗不安薬とも呼ばれています)、自律神経調整薬が有効ですが、自律訓練法などの自己コントロール法が奏功することもあります。また、心理的な影響を受け易いので、ストレスを減らす工夫によって軽快する可能性があります。
何か知らないうちに負担がかかっていないか、今までの過ごし方で良いのかを見直す時期、あるいは今までの自分が変化していく、言葉を変えれば一層の成長が求められている時期にあるのだという視点も必要かもしれません。
自分でコントロールすることが困難であり、症状が続く場合には気軽に治療を受けるようにして頂きたいと思います。
うつ病のはなし
うつ病は誰でもが罹(かか)るとてもありふれた病気です。ところが、自分がうつ病であることにさえ気づかず、何年にもわたり暗闇の中でもがき苦しんでいる人が少なくありません。それどころか、その八方ふさがりの状況で死を選んでしまう人さえいるのです。
うつ病は「心の感冒」などと言われていますが、実際には「心の症状」を自覚することは少なく、たいていは「体のだるさ、疲れやすさ、食欲不振、体重減少、頭の重さ」等々の「体の症状」が一番目立つ症状なのです。様々な検査では異常がないにもかかわらず、このような症状が執拗に続き、日々の生活にも支障が出てくるようであれば「うつ病」を疑い、すぐに専門医療機関にご相談ください。「うつ病」であれば、適切な治療により、それまでの苦しみから嘘(うそ)のように抜け出すことができるはずです。